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浦も、里も、街もみんなで!「オーガニックシティ」を目指そう

浦も、里も、街もみんなで!「オーガニックシティ」を目指そう

 

私たちは今、さいきオーガニック憲章のもとサステナブルなまちづくりを目指しています。このほど佐伯市民大学令和四教堂の講師としてお招きした地域エコノミストの藻谷浩介さんと田中市長が対談。里山資本主義を提唱する藻谷さんに、佐伯市の持続可能性について語っていただきました。

山と海と川がある佐伯市の豊かさ

藻谷

40年ほど前から何度も佐伯市を訪れています。城下町が、昔より美しく、しかも暮らしの息づく空間として整備されたことが印象的です。お城の真正面にできたさいき城山桜ホールも、本当に多くの市民が集まる場になりましたね。駅を中心としたまちづくりが増えるなか、昔も今も街の中心軸がズレていないのはとても珍しく素晴らしいことです。

田中

江戸時代にこの城下町を治めた毛利氏は、学問をする藩校を築き「佐伯文庫」と呼ばれる8万冊以上の蔵書を集めるなどして人材教育に力を注ぎました。その資金源となっていたのが、山と海です。佐伯藩初代藩主・毛利高政公は材になる木を育て、また山の栄養が豊かであれば海でも魚がよく獲れることから、自然保護に取り組んでいました。「佐伯の殿様浦でもつ」という言葉はこれに由来しています。

藻谷

山という資産をもちながら海で開け、一つの国のように機能していたんですね。世界を見渡すと、佐伯市よりも人口の小さな国も10か国以上ありますが、もしも佐伯市が独立した一つの国だったら、その小さな国々のなかで最も持続可能な国になれるでしょう。海と山、川がワンセット揃うことによる自給力は強みです。源流から河口、その先の海まで同じ市内なのは、全国でも珍しい。

田中

本市は2005年に1市8町村が合併して九州一の面積になり、森林面積87%という圧倒的に広い森と、豊饒な海をもつ大きな市になりました。この豊かな自然が佐伯市のいちばんの魅力です。

人口減少問題をどう止める?

藻谷

一方で、人口の減少には歯止めがかかっておらず課題ですね。

田中

はい。転出が転入を上回る社会減よりも、死亡数が出生数を上回る自然減のほうが大きいです。

藻谷

多くの地域では人口減少の主因は、社会減よりも自然減です。しかし、佐伯市では社会減の影響も大きい。要因の一つは、高速道路が開通し、外に出ていきやすくなったからでしょう。不便だった場所に高速道路が通ると、例えば大分市近郊のような便利な土地に移り住み、仕事だけ佐伯市に通い続けるという逆通勤が可能になります。また、半島という地形も関係しています。半島は付け根に人が集中するので、どうしても大分市が中心になってしまうわけです。状況を逆転する一つの策は、半島側の地域が連携することです。

 

田中

そうですね。近年は日豊海岸沿いに連なる臼杵市・津久見市と宮崎県延岡市・門川町・日向市の5市1町で連携を進めています。防災、観光、産業振興などあらゆるテーマで協働しますが、具体的な取組の一つとして〈日豊海岸サイクルツーリズム推進協議会〉を立ち上げました。

 

藻谷

まさに、私が最初に佐伯市に来たときに楽しんだのが日豊海岸のサイクリングでした! 別の機会に、九州最東端の鶴御崎にも漕いで上がりましたがキツかったですね(笑)

田中

当時E-バイクがあったら良かったですね(笑)。

藻谷

でも景色は素晴らしい。近年、各地で海外の富裕層をターゲットにした100万円前後のサイクリングツアーが成立するようになってきています。東京散策ばかりしていないで地方を自転車で巡り、日本の原風景を見る旅こそ本物だと考える人が増えてきた証拠ですが、九州にもそんな旅ができるポテンシャルはあり、なかでも日豊海岸は最高です。島もあり、寿司も食べられますし!

田中

先日、台湾から35人ほどの団体が来られて、大入島でサイクリングを楽しんだ後、宿は農家民泊をしていただきました。佐伯市には由布院のような高級宿はありませんが、農泊は日本らしい食事や住まい、そしておもてなしを感じられると大変好評でした。海と山の両方を体験していただきながら、今後は古民家を再生した宿なども整えて海外富裕層の方々に気に入ってもらえる観光ルートを開発したいと考えています。

藻谷

台湾、中国、そしていずれタイやインドネシアの観光客もターゲットになってくると思います。とても素晴らしい取組ですね。

つながる森と海 循環する資源

田中

藻谷さんが唱えていらっしゃる〈里山資本主義〉は、我々が目指す〈さいきオーガニックシティ〉の持続可能性を裏付けてくれています。その実現に向けて多くの施策を掲げているのですが、サイクルツーリズムもその一つ。近年は牡蠣の養殖にも力を入れています。

藻谷

世界的にワインが人気で、ワインといえば牡蠣。ニーズのわりに牡蠣が生産できる地域は少ないですから、チャンスですね。

 

田中

ええ。佐伯市の沿岸は、約350種類もの魚が生息する豊かな漁場で、鶴見の公設水産卸売市場では年間平均約16億円以上の取引が行われていまして、県内漁業の中心地です。ただ、地球温暖化の影響でイワシやアジの水揚げが少なくなり、ヒラメやブリ、マグロなどの養殖を進めてきた結果、海が疲れてきて富栄養化が進み、赤潮が発生し始めました。

 

藻谷

牡蠣は海のお掃除屋さん。牡蠣を育てることで海がきれいになるのですが、難しい技術が必要なので流行ってきませんでした。

田中

そこで、佐伯市はシングルシード方式を導入し、成功しています。貝殻に牡蠣の赤ちゃんを付着させる従来の方法とは違って、牡蠣を一粒ずつカゴの中で育てる方法。貝殻を使わないので廃棄物が少なく、日光に当てて付着物を除去することも可能。もともと養分の多い漁場で安全な牡蠣を、環境にも配慮しながら育てているのです。また、牡蠣殻を粉砕して肥料化し、農業にも活用しています。

藻谷

なるほど。そしてそこに関係しているのがやはり〝山〞ですね。海の養分が豊富でなければ良い牡蠣が育たず、それには海に注ぐ番匠川の上流に木が育っていないと、安定的に同じ条件で良質な牡蠣を育てるのは難しいですよね。山は適度に木を伐り再生すればするほど新陳代謝(光合成)が活発になり、川から海へ栄養が運ばれます。その点、山と海がワンセットになっている佐伯市は非常に恵まれていると思います。

田中

全国の再造林率が3〜4割にとどまっているところ、佐伯市は約8割を達成しています。主伐から再造林までのサイクルを50年周期で回す循環型林業を行っています。

藻谷

手をかけて8割の森を残しているというのは価値がありますね。昨今は国内外で木造建築の人気が高まり、林業が成長産業に戻りました。森という〝資本〞に投資すれば、木材や治水、海の養分などの〝利子〞が付き、〝元本〞である森も守れます。都会にはない〝資本主義〞です。そんななか佐伯市では、きちんと海と山を大切に育み、里山資本主義を実践しているんですね。

環境を守りながら稼げるまちに

田中

とはいえお金に換算すると、佐伯市から毎年約650億円が地域外に流出しているという統計があります。そのうち3%の約20億円を佐伯市内で循環できると、人口減少に歯止めをかけられるという試算なのですが。

藻谷

仮に年収200万円で生活できるとして、20億円あれば雇用が1000人分増やせます。現状のように年間約300人が転出してもお釣りが来る数字です。そのための〝3%〞を残す施策は、何かお考えですか?

田中

まず、観光とまちづくりを一体的に推進する観光地域づくり法人「観光まちづくり佐伯」を2月に設立しました。また、デジタル地域通貨の導入も考えています。さらに、佐伯市の森林の公益的機能の価値を換算すると約2200億円になると言われており、さらには、海は森林の約3倍の面積があると言われています。世界が2050年までにカーボンニュートラルの実現を目指すなかでブルーカーボン・グリーンカーボンといったカーボンクレジットの価値としてのアドバンテージ(優位性)は大きいと思っています。

 

藻谷

そうですね。地球規模で二酸化炭素の排出量をゼロにしようとしていますが、どうしてもゼロにできない企業があります。例えば製鉄業がなければ橋を架けることもできませんよね。そのための〈J-クレジット〉という制度があり、ゼロにできない分はカーボンクレジットを購入して相殺することになっています。佐伯市のように森を守るまちに、工場からお金が回るわけです。これまでは鉄をつくるまちだけが儲かっていましたが、今後は山や海を育てるまちにもお金がまわってくる。そのお金を自然を育てるために再投資して、ますます循環する地域をつくっていくべきです。いま日本では、意欲ある若者ほど、農業や林業、モノづくりに関心を向けています。誇りを持って、そうした若者たちに現場を引き継ぎましょう。

今、こどもたちへ 伝えたいこと

田中

さいきオーガニックシティの根本は人づくりにあります。大地に根を張り年輪を重ねていく木のように、自分なりの価値観や誇りをもった芯のある人が育ち、みんなが関連し合うまちで在り続けてほしいというのが私の願いです。

藻谷

佐伯市に暮らす大人たちは、佐伯ならではの海・山・川の恵みを楽しんでいるはずなのですが、その本当の価値によく気付いていないかもしれませんね。海・山・川なんてあって「当たり前」と思うのは良い方で、佐伯には「何もない」なんて言っているかもしれない。何もないのは都会の方です。水も食料も燃料も自給できず、高層オフィスのなかでやっているのは、人工知能にもできるような、書類づくりの仕事ばかり。佐伯市こそが時代の最先端を進んでいるという誇りを、持って欲しいですね。

里山資本主義とは?

森林のある山や海、農地などの「自然資本」を循環・再生させて水や食料、燃料などを自給し、お金という資本だけに依存しないことを基本とする「持続可能な資本主義」の在り方。災害多発時代、人口減少、少子高齢化など多くの社会問題を抱える昨今、地域を再生させる鍵として注目されている。

藻谷 浩介 氏

山口県生まれの59歳。平成合併前の全3,200市町村、世界127か国を自費で訪問し、地域特性を多面的に把握。地域振興、人口成熟問題、観光振興、コロナ対応などに関して研究・執筆・講演を行う。2012年より(株)日本総合研究所主席研究員。著書に『デフレの正体』『里山資本主義』(KADOKAWA)、『世界まちかど地政学NEXT』(文藝春秋)、『日本の進む道~成長とは何だったのか』(毎日新聞出版)など。

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